大津地方裁判所 昭和43年(行ク)1号 決定 1968年2月19日
申立人 共栄建設株式会社
被申立人 滋賀県知事
訴訟代理人 広木重喜 外八名
主文
本件申立を却下する。
理由
一、申立人の申立の趣旨および申立の理由は別紙行政代執行停止決定申請書ならびに別紙準備書面記載のとおりであり、被申立人は別紙意見書のとおり意見を述べた。
二、申立人、被申立人の各疎明資料によれば被申立人が申立人に対し、昭和四三年一月五日付滋賀県達河第二二七〇号をもつて申立人が被申立人管理にかかる野洲川より無断採取し滋賀県栗太郡栗東町大字辻字古谷一〇八番地の一、一〇八番地の二ならびに同所地先地上に堆積した砂利、栗石、原石約三万六〇〇〇立方米を大津地方検察庁の押収が解かれた日から二五日以内にもとの河川の採取跡に戻し、同地上に架設してある砂利選別機一式を撤去することならびにその義務を履行しないときは行政代執行法の規定に基づき被申立人が執行しまたは第三者に執行させる旨通知したことが認められる。
しかして、申立人が右原状回復命令およびこれに基づく行政代執行に対し行政処分取消の本案訴訟を当裁判所に提起し現に係属中(当庁昭和四三年(行ウ)第一号)であることは当裁判所に顕著な事実である。
三、そこで本件申立が執行停止の要件にかなうかどうかにつき順次検討するに、先ず本案について理由がないとみえるときは執行停止はこれをすることができない(行政事件訴訟法二五条三項)のであるから本件の場合、本案について理由がないとみえるかどうかについて考察すると、申立人提起の本案訴訟の訴状によれば、本件行政処分の取消は前記砂利等につき申立人に所有権が存すること国にその所有権がないことを理由としていることが窺われる。しかし、河川の敷地に存在する砂利等は上流の岩石が水流のため砕かれ流水に流されて小さくなり河口近くに流されて堆積するものでそれは河川の敷地に付着して河川敷地の構成部分をなすものであるから、河川敷地に従としてこれに附合するものと解するのが相当である。したがつて本件の砂利等は河川敷地の所有者がその所有権を取得するものとみるべきところ、本件野洲川は旧河川法第一条の河川の認定をうけたいわゆる「適用河川」であつて旧法当時は、同法第三条によつてその敷地は私権の目的となることを得ないものとされていたが、新河川法施行法第四条によつて本件河川の敷地は国の所有に属することとなつたものであるから本件の砂利等も附合によつて国の所有に属するものといわねばならない。そうして同法第二五条によつて河川区城内の土地において土石(砂を含む)を採取しようとする者は建設省令で定めるところにより河川管理者の許可を受けなければならず、この許可を受けて土石を採取するもののみが、その採取した土石に対しこれを収取する権利つまり所有権を取得するのであつて、右の許可を得ないで採取してもその者にはこれを収取する権利がないから所有権を取得することはなく、未だ国の所有に属するものといわねばならない。
申立人の引用する判例はいずれも河川敷地上に堆積する砂利砂等は流動性があるため河川管理者に窃盗罪の成立要件である占有があるものとはいえないという理由で窃盗罪の成立を否定したに過ぎぬもので、右砂利等が所有権の対象になり得ないものであるはとまでいつていないのであり、また右判例はいずれも旧河川法施行当時の判例であつて、新河川法施行後にも妥当するか否か疑問であり、そうすれば前記申立人引用の判例はいずれも当裁判所の判断と抵触するものとはいえない。
一件記録によれば、申立人は河川法第二五条に規定した土石採取の許可を得ていないことは明らかで本件の砂利等につき所有権を取得するいわれがないから、これを前堤とする行政処分取消の本案訴訟は理由がないものとみえるといわねばならない。
四、申立人は、本件河川敷地にある砂利等は無主物であるから申立人の先占によりこれが所有権を取得したかの如き主張をするが、本件河川の砂利等は国の所有に帰属しているものであること叙上認定したとおりであり、無主物ではないのであるから、申立人の右主張は採用の限りでない。
五、さらに、申立人は、本件砂利等は昭和四三年一月一八日大津地万検察庁より申立人に還付されるや同日訴外信用組合滋賀商銀が本件砂利等が申立人の所有に属するものと信じて譲受け、即日引渡を完了したのであるから民法第一九二条により即時取得したもので、これを同月二二日同商銀は信託に申立人に譲渡して(製品にするため)その引渡を完了したから申立人の所有に属していると主張する。しかし申立人が本件砂利等を採取する当時、河川管理者から再三にわたり中止勧告を受けながらなおかつ不法採取したものであるから、その後右砂利等を善意の第三者を経由して再び取得したとしても申立人は信義誠実の原則上これを元の所有者に主張できないものといわねばならない。
六、以上のとおりであるから申立人の本件執行停止の申立は理由がないこととなるが、なお念のため本件の場合申立人に回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかについて考察する。右の判断は当該処分を続行することによつて蒙る申立人の個人的損害のほかに、当該処分の不停止によつて維持される公共の福祉との比較衡量によつてなされるものであると考えられるところ、先ず申立人が受ける損害について考えると、前段認定のとおり本件砂利等の所有権が国に属することを考慮の外に置くとしても、本件砂利等の価格は約二、〇〇〇万円でこれを河川に戻す費用は約八〇〇万円であることは当事者間に争いがないから、申立人が執行を続行されることによる損害は合計二、八〇〇万円であると考えられる。
つぎに本件処分の効力を停止した場合の公共の福祉に及ぼす影響について考えると、申立人はここ二、三年来台風シーズンでさえ野洲川は何らの危険を招来しなかつたものであり、さらに問題個所は河川の中心部であるから低い方が洪水をさばくのに安全であつて、公共の福祉に影響がないと主張するが、本件疎明資料を検討しても本件砂利等の原状回復が公共の福祉に副わない無益のものであることを窺わせるに足る資料はなく、却つて疎明によれば、次のような公益上の必要性があることが窺われる。
1 前記野洲川は琵琶湖に注ぐ百十数河川の内最大流量を有しているが、上流部の流域地帯の林相が概して貧弱でしたがつて保水力に乏しく一旦豪雨があれば濁水が狂奔し、上流部の花崗岩質、中流部および杣川流城の古琵琶湖層(洪積層)、下流の右岸の三上山、鏡山は花崗岩質よりなりこの崩壊に基づき広大な砂質荒廃地が形成し易い状況にある。
2 中流部の河積が広いのに比し、最下流部(南流、北流部分)の河積が狭隘となつているところから著しく河川の流動能力を害して洪水位を高めている。
3 申立人は昭和四一年三月ごろから翌昭和四二年七月ごろに至るまで約六万九五〇〇立方米にも達する多量の土石を前記野洲川の本件砂利堆石場近くで採取したため、当該河川区域(延長約一〇〇〇米、河巾約二〇〇米)の随所にわたつて深堀、乱堀を繰返し著しく河床の状態を荒廃させ少しの増水をみても水流が乱れ河床の深堀部分が移動し護岸前面が洗堀され護岸が決潰する危険性を増大する原因となり、また約三万六〇〇〇立方米に及ぶ土石が左岸寄の面積約約三万六五〇〇平方米にわたつて小山状をなして堆積されているため出水時には流水が対岸にはねられ右岸の大山川合流地点付近の低水護岸および堤防を決潰または破堤する危険が予想される。そして流心変動はその直下においてはしばしば一大渦流を惹き起し、これはまた堤防決潰あるいは破堤の危険を増大していて、この渦流発生の予想地点は国道八号線野洲川大橋の直上部分にあたるので橋脚への重大な影響が危倶される。
4 河川の前記荒廃は未だ全く修復されず三月中下旬から四月にかけて近づく増水期を控え、すみやかに河床の安定、護岸の維持、流水疎通能力の回復等河川管理の適正を期することが強く要請されている。
以上の公益上の必要性と申立人の原状回復により蒙る損害とを比較衡量するときは申立人の蒙る損害は金銭賠償により回復し得る損害であると考えるのが相当であつて本件行政代執行により回復の困難な損害を受けるとの申立人の主張は理由がないものといわねばならない。
よつて本件申立を却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 畑健次 首藤武兵 畠山芳治)